29〜32話


第29話 「一筋の光」

奴婢のチャンドクは医女で周囲から敬われている人物。しかしチャングムに「逃亡を助ける」と嘘をついたり、横柄な態度で、チャンドクが尊敬に値する人物だとは到底思えないチャングム。チャンドクはチャングムの意向に構わず、自分の仕事を手伝わせる。そのころトックは中宗の一件で売れ残ったアヒルを全部引き取り、食べつづける毎日。同じくアヒルを食べ続けているトックの妻の身体に異変が起こる。また宮中では、ヨンセンがアヒル料理について再調査。試食し高熱を出したホンイが直前にヨンノに呼ばれていたことがわかるが、ミン尚宮(サングン)は不問に付すようヨンセンに言い含める。いまや水剌間(スラッカン)はチェ最高尚宮(チェゴサングン)の時代なのだ。それでもチャングムを慕うヨンセンは、一人、涙にくれる。一方、チェジュドのチャングム。チャンドクが軍人クマンと一緒になって、兵士を動員して何かを作っていることを知り、チョンホに告げ口する。しかしチョンホが見たところ、クマンは信望の厚い人物に思われた。

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チャンドクに救われた恰好にはなったものの、チャングムは彼女に素直に従う気になれなかった。チャンドクの下で働く奴婢たちは反抗的なチャングムの態度が気に入らない。チャンドクに命じられるままに彼女たちが作った丸薬をふと口にしたチャングムは、不思議そうな表情でこの薬が何なのか尋ねるが、「特効薬」という要領を得ない返事が返ってきただけだった。
チャングムを心配して薬房までやって来たミン・ジョンホ。水軍の武官として赴任していたにも関わらず、一度はチャングムの逃走を手助けしようとしたことを意外に感じたチャングムは、彼にそのことを問い質す。だが、水軍の武官の職は内禁衛長官が官職を捨てたミン・ジョンホのために急遽用意したもので、彼自身承知していた訳ではないようだ。その話を聞き、チャングムは更に驚く。
二人が話しているところに通りかかった男が突然チャングムを叱りつける。奴婢の身分でありながら、ミン・ジョンホと対面して言葉を交わすなど許されないことだった。チャングムとミン・ジョンホの間には、以前よりも更に高い身分の壁があるのだ。
両班風の男を診察するチャンドク。具合が良くなったという男に、チャンドクはこれで薬を止めようと言うのだが、彼は更に薬を欲しがる。本来なら必要もない薬を出す必要はないのだが、チャンドクは金さえ払うならと薬を出す。そればかりか、「もっと下さると言うならいただきますよ」と多めに金を取ってしまう。
それを見ていたチャングムは、チャンドクのやり方を非難する。彼女が出した薬は炒った豆と麦と茸に甘草を混ぜただけのもので、さしたる薬効があるはずがないからだ。チャンドクはチャングムが丸薬を食べただけで材料を言い当ててしまったことには驚くものの、一切取り合おうとしない。
不満げなチャングムを無視して、チャンドクは彼女に麦門冬の芯抜きを命じる。芯がきちんと抜かれていようがいまいがそのまま使うと言われては、チャングムもいい加減に済ませる訳には行かない。麦門冬の芯を抜かずに使用すると心臓に悪いのだ。目に涙を浮かべながらチャングムはこつこつと芯を抜いて行く。
チャングムに芯抜きの作業を任せたチャンドクは、薬房に来ていたパク・グマンに金を渡す。彼は非番の兵士を使って、チャンドクのために何かを作ろうとしているのだった。パク・グマンに渡された金は、そのための材料費と、兵士に渡す日当だったのだ。「なんて人たち!」二人の会話を立ち聞きしたチャングムは、チャンドクの人格に対する疑念を募らせる。
寝所でハン尚宮のことを思い出すチャングム。何としても生き抜けというハン尚宮の言葉が重かった。
翌日チャングムはチャンドクから熟地黄の処理を命じられるが、チャングムはそれを断る。だがチャンドクは麦門冬同様、チャングムが処理したものをそのまま使うと言い置いて出て行ってしまう。他の奴婢たちは反抗的なチャングムを非難するが、同時に麦門冬の芯抜きでチャングムが全く叱られなかったことを不思議に思う。普段のチャンドクは夜通し芯がちゃんと抜かれているかを検査し、抜かれていないものがあると彼女たちに罰を与えていたというのである。チャングムにはチャンドクがそんな人間とは思えなかったが・・・。
薬も食事も同じように人の口に入るもの。そう思い直したチャングムは、チャンドクへの反感をひとまず忘れ、一心に熟地黄の処理を続ける。
そんな時、ミン・ジョンホがチャングムを訪ねて来る。直接対面して会話していたことを叱られたこともあり、目を合わせないように俯いて話していたチャングムだったが、彼が硫黄を手に入れてきたと聞いて態度が一変する。この硫黄を使って家鴨を育て、薬房で詳細に調査すればきっと何かわかるに違いない。
そのころ、遠く離れた漢陽にもハン尚宮の無実を証明しようとしていた男がいた。カン・ドックである。彼は鳥屋が捕えられた後そのままになっていた家鴨全部を勝手に持ち出し、3ヶ月の間毎日食べ続けていたのである。王は食べた翌日に倒れたというのに、トック夫妻には何の異常も起こらないどころか、子供を授かってしまった。かつてミン・ジョンホが手配した民間の医者の言った通り、硫黄を食べた家鴨には精力を高める効果があったのだ。
トックの話を聞いたヨンセンは、ホンイが倒れた原因が家鴨ではないと知り、ホンイを問い詰める。そして、家鴨料理を食べる前にヨンノから鮑を貰っていたことを突き止めるのだが、チェ尚宮が完全に実権を握ってしまった今となっては、それが判明したからといってどうなるものでもなかった。ミン尚宮・チャンイ・ヨンセンの三人は水刺間から追い出され、色々な部署をたらい回しにされていたのだ。明国から使者が訪れているというのに、自分たちだけ側室の厨房に回されたことをぼやくミン尚宮であった。
明国の使者は皇帝からの土産をを携えて来ていた。明国に対する友好的な姿勢を認めてのことだったが、その中には珍しい愛玩用の犬も含まれていた。喜ぶ王と重臣たち。だが、使者の話題は以前太平館で素晴らしい料理を出したという女官のことに及び、一同の表情は曇るのだった。
クミョンはミン・ジョンホのことを思い切れず、チャン執事に彼の行方を調べさせていた。ミン・ジョンホが済州島にいることを突き止めたチャン執事の報告を聞いているところに、チェ・パンスルが現れる。「お前は忘れると言ったな。なあ、クミョン。ミン・ジョンホの命さえ助かれば思い切れると言ったはずだ」クミョンには返す言葉も無かった。
当のミン・ジョンホは、水軍の武官としての最初の仕事に取りかかっていた。対倭寇用防壁の建設である。
懐妊中の側室の食が進まないことに関し、厨房ではちょっとした揉め事が起こっていた。ミン尚宮は側室の体に良いとされる料理を作っていたが、クミョンは側室の好みに合わせて香辛料を効かせた料理を出すべきだと主張する。意外にも、真っ先にそれに反発したのはミン尚宮ではなくヨンセンだった。ハン尚宮とチャングムなら、側室の好みに合わなくとも体に良い料理を美味しく工夫して出したはずだと言い張るヨンセン。そこに遅れて入ってきたチェ尚宮は謀反人の名を出したことで三人を叱るが、必死に弁解するミン尚宮とチャンイとは対照的に、ヨンセンは一歩も引かない。「例え謀反人だとしても、料理で間違ったことをお教えになってはいません」
思いも寄らぬヨンセンの行動に、ミン尚宮の立場は更に悪化する。チャンイと二人でチェ尚宮の執務室の前に座り込み、謝罪の言葉を繰り返すのだが、チェ尚宮は全く聞き入れない。他方ヨンセンはヨンセンで、チェ尚宮に謝罪するつもりはないと頑なな態度を変えない。ついに三人は左遷されることになってしまった。
入禅間で油絞りやもやしの栽培など、地味で手のかかる仕事ばかりををやらされる三人。ミン尚宮もチャンイも原因を作ったヨンセンへの不満を爆発させる。
以前にも増して孤独感を深めるヨンセン。彼女が四阿で一人チャングムを思い出して泣いているところに、どこからか子犬が迷い込んでくる。その犬が迷子だと思いこんだヨンセンは、自分の境遇をその犬に重ね合わせるのだった。
チャングムが薬草を正確に見分けるのを見て、他の奴婢たちは驚く。何故そんなに詳しいのかチャンドクに問われ、チャングムは自分がかつて水刺間にいたことを話す。更に間違えやすいオウギとクララをも見分けられるのを確認したチャンドクは、チャングムに医女にならないかと勧めるのだった。だが、チャングムははっきりと断ってしまう。「私を毛嫌いするのも気に入ったわ。でもね、クララはクララなりに薬効があるの。これからは薬草として区別しなさい」
そんなやり取りのさなか、一人の男がチャンドクを頼ってやって来る。息子が病気だというのだ。チャンドクはチャングムに鍼を持ってついて来るように命じる。
チャンドクは吹き出物と発熱に苦しむ少年に鍼を打つ。だが、鍼を打ってもらっても数日後にはまた容態が悪化するらしく、少年の父親は薬を貰えないかと頼む。チャンドクはそんな父親に、薬を買う金がないなら諦めろと答えるのだった。
チャングムはまたチャンドクのやり方に反発する。お金が払えないなら、自分の財力が続く限り立て替えてやるべきだというチャングム。例によって取り合おうとしないチャンドク。チャングムはチャンドクから処方箋を預かり、自分で薬を何とかしようとする。その場を出て行ったチャングムを、チャンドクは何故か満足げな微笑みを浮かべて見送っていた。
ともあれ、薬材を買わなければ話にならない。チャングムはミン・ジョンホに会いに行き、彼から金を借りる。快くチャングムの給金9ヶ月分に相当する大金を貸してくれるミン・ジョンホ。チャングムは必ず9ヶ月後に返済することを約束し、ことのついでにチャンドクがパク・グマンに何かを依頼していることを伝える。チャングムはパク・グマンがチャンドクと通じて国費を使って私的に家でも建てているのではないかと疑っていたのである。パク・グマンは兵士の信頼も篤く、ミン・ジョンホにはその話は意外なものだった。だが、確かに訓練が終わった後、パク・グマンが兵士を連れてどこかに姿を消すことは多かったのだ。
無事薬材を手に入れ、薬湯を煎じようとするチャングムだったが、まだ大きな問題があることを知る。済州島には真水がほとんどないのだ。塩分を含んだ水で薬湯を作ることはできない。だが、海岸近くにある真水の湧き出る泉は両班に独占されており、奴婢たちが使うことは許されない。この島では、真水は何よりも貴重なのだ。
チャングムは島の人々に尋ねて回り、ついに漢拏(ハルラ)山の中腹に真水があることを突き止め、一人水瓶を背負って漢拏山に登り始めるのだった。
やっと泉を見つけて真水を手に入れたチャングムは、山を下りる途中でミン・ジョンホに出会う。彼はパク・グマンの行動を怪しんで後をつけてきていたのである。
だが、パク・グマンは不正など行ってはいなかった。彼はチャンドクに協力して、雨水を濾過して真水を供給するための貯水池を作っていたのである。その作業に訓練後の兵士を使っていたのだ。
魚を頻繁に食べる習慣と、塩分を含んだ水が民の病の原因となっていることをミン・ジョンホに説明するチャンドク。彼女は民を救うために両班から巻き上げた金を使っていたのだ。パク・グマンもまた、外敵のみならず病から民を守るのも兵士の仕事だと考えており、進んでチャンドクに協力していたのだが、前任の武官にそのことで叱責を受けたことがあったため、ミン・ジョンホにも隠していたのである。
チャングムのチャンドクに対する反感は少しずつほぐれ始める。濾過装置を作るため、貝殻を用意するようパク・グマンに頼むチャンドクに、チャングムは炭の方が浄化力が高いことを教える。また、単なる雨水ではなく、雪を溶かした臘雪水を使えばより有効であることも。チャングムとチャンドクの、二つの優れた才能が噛み合い始めていた。それを見て思わず笑みを浮かべるミン・ジョンホであった。
チャンドクとともに薬を煎じるために少年の家に向かうチャングムの姿を嬉しそうに見送るミン・ジョンホ。彼のそんな姿を見たパク・グマンは言う。「好いてらっしゃるんでしょう?・・・私がお守りします」半ば照れ隠しで厳しい表情を浮かべたミン・ジョンホは、パク・グマンに防壁と濾過施設を並行して建設する許可を与える。満面の笑みでそれに答えるパク・グマン。
チャングムは、チャンドクとパク・グマンの行動に、自分の母やハン尚宮と相通ずるものを感じていた。二人とは比べられないにせよ・・・。
チャングムが煎じた薬湯で少年の体を拭きながら、チャンドクは初めて自分の考え方をチャングムに話す。いくら私財を投げ打ったとしても、全ての病人の薬代を立て替えることはできない。良い医者とは病気を治す医者ではなく、病気を予防する医者なのだ。
それでもチャングムは、穀物の粉を練り合わせただけのものを薬として売ることだけは納得できずにいた。チャンドクはそれにも答えて言う。彼らが病んでいるのは体ではなく心であり、薬を与えても効果はない。仮に病気だとしても、薬よりも食事で治すべきであると医学書にも書いてある、と。
更にチャングムは、以前チャンドクが捕えられていた理由を知ることになる。彼女は本来治療を受けることが許されていない流刑者を、病人を放ってはおけないというだけの理由で何度も治療していたのだ。そしてチャンドクはまた流刑者を診察し、倉に閉じこめられる。
チャンドクはチャングムは最初考えていたような人物ではなかった。深夜一人で考え込むチャングムの脳裏を、自分の下で医女として働けというチャンドクの言葉が巡る。
翌日、チャンドクに食事を届けに来たチャングムは、彼女が早々に釈放されているのを見る。彼女は役人の呼び出しを受けたのだ。
呼び出された理由は、内医院からチャンドクを迎え入れたいという辞令が届いたからだった。チャンドクは内医院にも知られた優秀な医女だったのだ。だが、チャンドクは宮廷暮らしは性に合わないと断る。
内医院がわざわざ済州島から医女を呼び寄せようとすることを不思議に思ったチャングムは、パク・グマンにどういうことか尋ね、思いも寄らぬ事実を知る。宮中の医女は、地方の優秀な医女の中から選抜されていたのである。チャンドクも宮中で教育を受け、宮中に残るよう言われていたにも関わらずそれを断って済州島に来ていたのだ。
チャングムは矢も楯もたまらずミン・ジョンホの元に急ぐ。「チョンホ様!とうとう、とうとう宮中に戻る希望が出てきました!医女になります。医女になります!」
第30話 「新たなる挑戦」

優れた医女であれば、奴婢の身分でも宮中に入れることを知ったチャングム。医女になる決意をし、改めてチャンドクの元を訪れて頭を下げる。チャンドクはチャングムに指導を始め、ほかの見習い奴婢たちはチャングムに嫉妬する。しかし、チャンドクの指導は厳しいもので、ほかの見習い奴婢たちは次第にチャングムに同情し始める。チョンホは医学を学ぶチャングムに協力する。一方の宮中では、一人で過ごすことが多くなったヨンセンにある人物が声をかける。チャンドクに連れられ、流刑者の診察に立ちあうチャングム。流刑者の診察は禁じられており、診察すればチャンドクも処罰を受けることになる。しかしチャンドクにはこの患者をほうっておけない理由があった。また別の患者の診察で、ほかの医者からもらったという処方せんを見たチャンドクはその医者をヤブ医者呼ばわりする。その「ヤブ医者」とは、チャングムが宮廷の菜園で一緒だったチョン・ウンベクだった。

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チャンドクは、奴婢が宮中に戻るには医女になるしかないからこそ、チャングムを連れて来たのだと語る。チャングムは、自分が奴婢になった事情を知らないチャンドクが何故そう思ったのかを不思議に思うのだが、チャンドクはそういうチャングムの疑念には構わず、早速教育にとりかかる。
来たばかりのチャングムが医術を学び始めると聞いて、何年も下働きばかりさせられて来た3人は面白くない。だが、知識ばかりでなく薬草の処理の丁寧さや、患者を思いやる心においてもチャングムの方が遥かに優れている。そのことをを無視してチャングムを妬む3人をチャンドクは叱りつける。
3人の話からチャングムが素直にチャンドクに従って医術を学ぼうとしていることを知ったパク・グマンは安心する。それはまたミン・ジョンホにとっても嬉しいことであった。
チャングムが最初に学ばなければならなかったのは、患者の顔色を事細かに監察して病状を判断する「色診」である。命じられるまま、患者の顔色を見て記録して行くチャングム。記録が終わると、チャンドクはそれぞれの色がどのような症状と関係するかを簡単に口頭で説明し、医書を渡してそれを明日までに全て暗記するようにというのだった。全く初めて接する言葉の羅列にさすがのチャングムも戸惑う。
寸暇を惜しんで医書を暗記しようとするチャングムだが、文章だけでは実感を伴わないため、なかなか頭に入らない。順番待ちの患者や、通行人の顔色を見ようとしても、相手に不快がられて思うに任せない。チャングムはまたミン・ジョンホに助けられることになった。部下の兵士たちの体調検査ということにして、食事の配給を受ける際に全員がチャングムに顔色を見せるよう命じたのである。
ミン・ジョンホに感謝の言葉を述べるチャングム。「しかし、ひどい人だな。兵士たちのことは診るのに、私のことは診てくれないんですか?」だが、いざ視診の段になるとミン・ジョンホもチャングムもとたんにどぎまぎし始める。「あの・・・どうですか?」
「お顔が赤いですね。赤いと熱症が考えられますが・・・」「確かに、熱ならあります」
そう言ってチャングムを見つめ、手を取るミン・ジョンホ。チャングムはどうして良いかわからず、慌ててその場を立ち去ってしまう。
薬房に戻り、自分を落ち着かせようとするかのように暗記に集中するチャングムであったが、顔の赤みについての記述は彼女にミン・ジョンホとのひとときを思い出させる。
チャンドクの教育は日増しに高度になって行く。基本的な医書を全て暗記し、その上で患者を診察させるのが彼女の教育方針であったが、チャングムは「理解できなくても暗記しろ」というチャンドクの意図を今ひとつ量りかねていた。
常に医書を傍らに置き、記述内容を暗記するチャングム。そんな彼女を、ミン・ジョンホは暖かく見守るのだった。
その頃、宮廷では思いも寄らぬ事件が起ろうとしていた。また四阿にやって来た子犬に食べ物をやるヨンセン。泣きながら物思いに耽っていた彼女は、王が四阿にやって来たことにも気づかない。宮女にあるまじき失態を叱責する提調尚宮だったが、王は鷹揚な態度で何故泣いていたのかを問う。だが、ヨンセンはそれにも答えることができない。女官長のみならず、内侍府長官や、至密(チミル)尚宮もその非礼を責め立てるが、王はそれ以上何も訊こうとせず立ち去る。
この一件を耳にしたミン尚宮とチャンイは気が気ではない。王に気がつかなかっただけでも無礼な振る舞いなのに、まして明国から贈られた貴重な犬を構っていたのである。チェ尚宮に知られたら今以上に冷遇されるに違いない。
そんな彼女たちの心配をよそに、チェ一族はやっと以前の状態に戻ったことを喜んでいた。水刺間にはクミョンの後を継ぐべき者として、サリョンという娘が送り込まれていた。無論、その指導に当たるのはクミョンである。
だが、クミョンの指導方法を見たチェ尚宮はにわかに気色ばむ。それは料理の技術よりも先に素材そのものを知り尽くすという、ハン尚宮がかつてチャングムを教育した際の方法を踏襲したものだったからだ。
ハン尚宮とチャングムを巡って、チェ尚宮とクミョンの間には深い溝が生まれていた。二人とも「二度とあのようなことはしたくもさせたくもない」という思いは同じだったが、クミョンはそのためには誰にも負けない最高の料理人にならなければならないと考え、チェ尚宮は誰も逆らおうとしない絶対的な権力を手に入れるべきだと考えていた。面と向かってチェ尚宮に反抗するクミョン。ミン・ジョンホのことまで持ち出され、感情的になったクミョンは涙ながらにチェ尚宮を責める。「一族を危機に晒したのは私ではなく叔母様です。叔母様が負けたからです!私は誰にも負けません。誰よりも優れた水刺間の女官になって見せます」
「ミン・ジョンホはお前のものになることはないのよ。女官に恋は許されぬ」
かつてミン・ジョンホに言われた言葉を反芻するクミョン。チェ一族であっても、チェ・パンスルやチェ尚宮とは違うと思っていたという彼の言葉は、クミョンにとって余りに重かった。それさえなければ、彼女は素直にチェ尚宮に従っていられたかも知れない。
ふさぎこむヨンセンに、ヨンノですら心配せずにいられなくなっていた。「喧嘩でもする?」とおどけて話しかけてみたりもするが、ヨンセンの反応は全くない。ようやくヨンセンを動かしたのは至密尚宮の呼び出しだった。王の夜伽を命じられたのである。
緊張した面持ちで入念な化粧を施されるヨンセン。「先に笑みを見せてはならぬ。王様の御手を拒んでもならぬ・・・・」至密尚宮の注意がヨンセンを更に緊張させる。
「そちは・・・何故泣いておったのだ?構わぬ故、話してみよ」だが、怯え切ったヨンセンは何も言うことができない。
「そうよのう。余でも寂しい時がある。お前なら尚更だろう」
翌朝。王の寵愛を受けたヨンセンは、特別尚宮となった。喜ぶミン尚宮とチャンイ。一方渋い表情の女官長とチェ尚宮。
このことは中殿の耳にも届いていた。報告に訪れた提調尚宮に対し中殿は、ヨンセンに住居や家具を用意してやるだけでなく、身の回りの世話をする至密内人と、料理を担当する女官をつけるよう指示する。だが、提調尚宮は、まだ尚宮になったばかりのヨンセンにそこまでする必要はないと中殿を言いくるめてしまう。
そんなこととは露知らず、いずれ王の子を身ごもって側室となった暁には自分を至密尚宮にして欲しいと無邪気にヨンセンに頼み込むミン尚宮。だが肝心のヨンセンはまだ王に対する恐怖心を抱いていた。
慣れれば怖くなくなるから大丈夫だと言うミン尚宮に、ヨンセンは怖くても我慢しますと気丈に答える。だが、我慢する目的を聞いたミン尚宮は顔色を失う。ヨンセンは王にハン尚宮とチャングムの無実を直接訴えようとしていたのだ。そんなことをしたら、オ・ギョモたちが悪事の証拠を隠す方法はチャングムを殺害することしかなくなってしまう。必死に思い止まらせるミン尚宮。
「私がいいと言うまでは絶対にお話しちゃ駄目だからね、わかった?」
チャンイはヨンセンのことをトックが済州島のチャングムに知らせに行ってくれないかと淡い期待を持っていたが、彼は彼でそれどころではなかった。奇跡的に子供を授かって有頂天だったのだ。イルトを喪っていることもあってか、妻に対してもいままでとは打って変わって献身的な態度であった。
一方、チャングムはチャンドクから厳しい指導を受け、着実に知識を身につけていた。料理なら失敗しても不味くなるだけだが、医術で失敗すれば人を傷つける。チャンドクは全てを完全に身につけておくことを要求しており、わずかでも間違えれば体罰が待っている。最初は文句を言っていた下働きの3人も、今では自分たちが医術を学んでいないことを喜ぶ始末だ。
チャングムが水刺間で身につけた指先の感覚の鋭敏さは、脈を診る上で多いに役立っていた。チャンドクもこの点は手放しで誉める。だが、まだまだ学ぶべきことは多い。医学書にある診断法は全て覚えるよう命じられるチャングム。
実地に診脈をさせようと、チャングムを糖尿病の両班の診察に連れて行くチャンドク。チャングムは正確に脈の状態を診断するが、彼女から患者に熱があるようだと聞いてチャンドクは顔色を変える。この患者は体に熱のこもりやすい体質だったため、チャンドクはまず体質改善を図ってから糖尿病の治療に取りかかろうとしていた。だが、彼はチャンドクの意図を知りながら、最近漢拏(ハルラ)山に住み着いている、都から来たと称する医者に処方された人参を服用していたのだ。その医者は自分の体で試して問題ないと判断した、熱のこもりやすい体質の患者にも使える人参だと言ってこれを渡したという。
チャンドクはその医者は偽医者であると決め付け、チャングムを連れて漢拏山へと向かう。
「偽医者」を見つけ、つかみかかるチャンドク。だが、その医者は誰あろうチョン・ウンベクであった。ウンベクは本当に発熱体質の患者に人参を使う方法を編み出していたのである。それは水参を蒸して乾燥させ、「紅参」として使用するというものであった。彼は自分の体を治療するために、この方法を考えたのだという。
彼は胃の腫瘍を患っていた。茶斎軒にいた頃無気力になっていたのはそのせいだったのだ。だが彼はチャングムの言葉に胸を打たれ、自ら治療法を求めて菜園を出たのであった。全国を旅するうち、済州島の医女が優れているという噂を聞き、この島にやって来たのだ。
チャングムが医術を学んでいると知り、ウンベクは喜ぶ。彼は茶斎軒にいた頃から彼女に医術を学ばせたいと考えていたらしい。だが、チャングムが医術を学ぶ目的は医術そのものにはなかった。宮中に戻り、彼女と母ミョンイ、そしてハン尚宮を陥れた者たちに復讐するための手段として、彼女は優れた医女になろうとしているのだ。
チャングムの考えを知ったウンベクは語気を荒げて医術を学ぶのを止めろと言う。怒りの心を持った者が鍼を持ってはならぬ、と。
それまで物陰で二人のやり取りを聞いていたチャンドクは、怒りを抑えかねた様子で二人の間に割って入る。彼女もまた、復讐のために医術を身につけた人間だったのだ。「私は医女である前にまず、一人の人間でいたいのです。人間であるからこそ、怒りがあるのです。あなたにはわからないわ!病に怖じ気づき、酒に逃げる人間には!」
薬房に戻る二人。何故かチャンドクは、チャングムに屋根の瓦に生えている瓦松(がしょう)を採ってくるように命じる。
その夜チャンドクは、一人その瓦松を眺めて何かを考え込んでいた。その思い詰めたような表情に、にチャングムも声をかけることができない。
翌日、チャンドクはパク・グマンから彼女が診察していた流刑者の容態が悪化したことを、内密に知らされる。急いで診察に向かうチャンドクとチャングムの前にチョン・ウンベクが立ちふさがる。医術か復讐か、どちらかを選べと迫るウンベク。
だがチャンドクはチョン・ウンベクに一緒に来るように言い、流刑者の診脈をさせる。脈を診て驚くウンベク。流刑者は彼と同じ病気だったのだ。
チャンドクは腹部の腫瘍に効果のある薬草を見つけていたのだが、この流刑者には処方していなかった。彼はチャンドクにとって両親の仇だったのだ。チャンドクは仇を追って済州島に来たのである。
両親が死に、奴婢の身分となったチャンドクは人を救う方法と人を殺す方法を同時に学んできていた。女の身では武術を身につけることもできず、彼女が両親の敵を討つには鍼しかなかったのだ。彼女はチョン・ウンベクに、流刑者を助けるべきかどうか問う。チョン・ウンベクは答えることができなかった。
その夜、また瓦松を見つめるチャンドク。
チョン・ウンベクはミン・ジョンホにチャンドクを思い止まらせて欲しいと頼んでいた。だが、ミン・ジョンホは同意しない。それはチャンドク自身が決めるべきことだからだ。ウンベクは、優れた医女であり、チャングムの師でもあるチャンドクに、医術を用いた殺人を犯させたくなかった。
チャンドクよりも一足先に流刑者の元を訪れ診脈するチョン・ウンベク。だがチャンドクは彼を患者の枕元からどかせ、遂に鍼を手にする。
患者の脇腹の辺りに鍼を打とうとするチャンドクだったが、彼女はどうしても打つことができず、別の場所に打ち直す。それを見て何かを納得した様子のチョン・ウンベク。チャンドクは結局仇を殺すことができなかったのである。
流刑者を治療したことでまた納屋に閉じこめられるチャンドクとチャングム。チャンドクはチャングムを弟子にしようとした真意を語る。「ウンベク様の言ってることは正しいわ。怒りに満ちた者は決して優れた医者にはなれない。私を見ればわかるでしょ。怒りから医術を学んだけれど、怒りか医術か、どちらかを選ばなければならない時がきっと来る。これからはあんたが苦しむことになる。でもあんたには、医術を体得すること、復讐を果たすこと、どちらも成し遂げてもらいたいの。・・・心からそう願ってる」
夜明けの岸壁に立ちつくすチャングムを見守るミン・ジョンホ。「きっと、チャングムさんの心はもう決まっているでしょう」彼はチャングムが、例え困難であっても常に正しい道を選ぶことを疑っていなかった。
チャンドクはチャングムに新たな目標を示した。「成功する人間はどんな人間か知ってる?一直線に進む人間よ。でも、もう一つ大事なことがあるの。現実を知り、その上に立つこと。周りの者を味方につけて、力を振るうこともできなければ。あんたはその難題に挑むことになる。その挑戦に成功すれば、望み通り二つとも成し遂げられるでしょう」
広大な海の彼方、厚い雲の隙間から漏れる朝日。そして余りにも小さなチャングムの影。彼女の進む道は果てしなく険しかった。

第31話 「初めての鍼」

トックはチャングムに会うためチェジュドに向かう。トックの妻は酒の注文があるため家を留守に出来ず同行できない。妻はトックに土産を持たせる。そのころチャングムは一人修練を続けていたが、それには理由があった。チャンドクを被験者に鍼(はり)を練習していたとき、打ち方を間違えて、チャンドクを殺しかけたことがあったのだ。それ以来、チョンホたちが心配するほど、チャングムは過酷な修練を自らに課していた。そんな時、トックがチェジュドに到着する。チェジュドから馬を献上することになり、チョルラドまでの搬送にチョンホ率いる水軍が動員される。このところ献上品を載せた船が海賊の襲撃にあっていたため、護衛することになったのだ。しかし今度は逆に、護衛が手薄になった島を海賊が襲撃。役所のある島の中心部は占拠され、逃げ遅れたチャングムたちは捕らえられる。海賊たちの襲撃にはある事情があった。

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チャングムが済州島に流されてから2年。トックはチャングムを訪ねて済州島に向かう。旅費を持たずに出発しようとしたトックを呼び止めた妻は、彼の荷物から酒と博打道具を抜き、代わりにチャングムの好物だった干し柿を持たせる。隠し持った余分の金が妻に見つからなかったことを喜びつつ、済州島までの長い旅に出発するトック。
チャングムは鍼の実習で失敗した罰として、一人寒い洞窟の中で勉強することを強いられていた。チャンドクに命じられて彼女を呼びに来た下働きの奴婢も、チャングムに対するこの仕打ちは酷すぎると同情する。彼女は、チャングムがチャンドクよりも優秀だから意地悪をしているのではないかと言うのだが・・・。
チャンドクに命じられて患者を診断するチャングム。正確に診断し、薬を処方することもできるのだが、彼女には鍼を打つことができない。鍼を打つべき経穴の位置までわかっていながら、患者に体に鍼が刺せないのである。そんな彼女にチャンドクは鍼の修練を最初からやり直すよう命じる。
チャングムが鍼を打てないのには理由があった。チャンドクを実験台にした修練で、施鍼に失敗したことがあったのだ。ミン・ジョンホは、今のように厳しいやり方では余計に恐怖が募って鍼が打てなくなるのではないかと心配する。だがチャンドクは時間をかけて自ら立ち直らせるしかないと考えていた。失敗そのものに対する恐怖よりも、師の命を危険に晒した自分を許せない気持ちから鍼を打てなくなっているチャングムには、時間が必要なのだ。
だが、その時間はチャングム自身にとっての精神的な負担となり、洞窟での独習は肉体的な負担となる。ミン・ジョンホは洞窟に戻ろうとするチャングムを引き留めようとする。
「失敗なんて、人間なら誰でもあります。」心からチャングムを思っての言葉だったが、彼女の葛藤はチャンドクの言う通りもっと深いところから生じていた。
「人間が犯す失敗のうち、医者の犯す失敗だけが人の命を奪うのです。首医女様が処置を教えて下さらなかったら、私の鍼で命を落としていたかも知れません。そこが料理と医術との違いなんです。思い上がっていました。復讐の一念に燃えて、宮中に戻るために医術を利用するなんて傲慢でした。ウンベク様の仰っていた通りです」
「それなのに、私は未だに医術も復讐もどうしても捨てたくありません。いいえ、捨てられません!何としてでもやり遂げたい。欲を捨てて、心を無にするため修練しているはずが、私ときたら、尚宮様の仇を討つことで頭が一杯なのです。無になんかなれないんです。思えば思うほど、鍼を手にすることができません。志があれば、諦めなければ、出来ないことはないと思っていました。でも、できないこともある。そう気づかされました。それでもやります。やり遂げます」言葉を失って立ちつくすミン・ジョンホ。
ミン・ジョンホは牛島(ウド)から送る献上品の馬を積んだ船の護衛を命じられる。倭寇の襲撃を警戒してのことだったが、その間は済州島の警備が手薄になってしまう。加えて、最近多発している牛島の兵士の病気を治療するため、チャンドクも連れて行かなければならないという。牧使は短い期間だから心配ないと言うが、ミン・ジョンホはチャングムのことも含め、不安な気持ちを抱かずにいられなかった。
チャンドクが不在の間、チャングムが自由に患者を治療すことができると下働きの奴婢たちは喜んでくれるのだが、当の本人は今まで通り民間の医者に委託すると言う。
そんな時、急病人が薬房に担ぎ込まれ、チャングムが診察することになった。その急病人は何とカン・ドックである。長い船旅が初めてだったトックは、ひどい船酔いで意識を失ってしまっていたのだ。チャングムはトックになら鍼を打てるかも知れないと鍼を手にするのだが、やはり打つことができず、鍼から灸に切り替えてしまう。
トックは無事意識を取り戻し、パク・グマンの好意で空いている兵舎を使わせてもらうことになった。久々の再会を喜び合うチャングムとトック。だが、トックの話は嬉しいものばかりではなかった。せっかく授かったトックの子供は疫病ですぐに亡くなっていた。それに加えてチェ尚宮が実権を握ってからというもの、料理人の仕事も酒を納める仕事もトック夫婦には回してもらえなくなったのだという。トックでさえそういう目に合っているのだから、ミン尚宮やヨンセンはどんな辛い思いをしているのか・・・。チャングムはそれが心配でならなかった。
夜の海岸で、チャングムはハン尚宮に問いかける。ハン尚宮様の恨みを晴らすために医女になろうとすることが、そんなに許されないことでしょうか?それともここで、止めておけと仰いますか?ハン尚宮様、駄目ですか?」
その頃、何処からともなく現れた謎の武装集団が、海岸を警備している兵士の詰所を襲撃していた。倭寇が済州島に上陸したのだ。
この報せを聞いた牧使は、こともあろうに自分だけ山に逃げ込んでしまい、逃げ遅れた者たちは捕えられて牢に繋がれてしまう。その中にはチャングムとトックの姿もあった。
倭寇たちは首領の病気を治療するため、航路を変更し、医者を求めて済州島にやって来たのだった。だが、チャンドクは不在であり、民間の医員は逃げてしまっている。治療できるのはチャングムだけだ。パク・グマンはチャングムをかばって誰も治療できる者はいないと嘘をつくが、かつてチャングムに治療してもらったことのある男が、優れた医女がいると白状してしまう。更に悪いことに、チャングムが鍼を打てない状態になっていることを知らないトックが、持ち前の後先考えない性格を発揮して、その優れた医女がチャングムであることを倭寇に教える。
抜き差しならぬ状況で、チャングムは倭寇の首領を診察する。首領の病気は腸癰(ちょうよう)であった。すぐに施鍼しなければ7日で死に至ってしまう。島民を救うためには、チャングムが彼に鍼を打ち、治療する他ない。また、倭寇たちも今は首領の命をチャングムに託すしかなかった。たとえ彼女が鍼を打ったことのない未熟な医女であったとしても。
それでも鍼を打つことはできないと言うチャングムに倭寇は、施鍼しなければ捕えた島民を一人ずつ殺して行くと脅す。そして、真っ先に目を付けられたのはトックだった。このまま断り続ければトックは殺されてしまう。
以前チャンドクに施鍼して失敗した時のことを思い出し、施鍼しようとしても手が止まってしまうチャングムであったが、再度島民をたてに脅され、意を決して鍼を打つ。
施鍼は成功した。相手は侵略者ではあったが、チャングムは鍼で命を救ったのだ。
だが、その夜下働きの奴婢に用意させた薬剤を使って薬湯を作ろうとしたチャングムは、薬剤の包みに手紙が入っていることに気づき、慌ててそれを隠す。
首領の治療にはまだ時間が必要だったが、倭寇たちは明日には済州島を発つと言う。チャングムを連れて行き、船の中で治療を続けさせようと考えていたのだ。
薬房に戻ったチャングムは先ほど隠した手紙を読む。それはミン・ジョンホからチャングムに宛てられたものだった。ミン・ジョンホは倭寇が襲来した際の烽火を見て密かに済州島に戻っており、隙を窺っていたのである。薬剤の手配にかこつけて奴婢を出入りさせ、チャングムから倭寇の動向を探ろうというのが彼の作戦だった。だが、時間は余り残されていない。
翌朝、済州島を発とうとする倭寇をチャングムが引き留める。足りない薬剤を官衙の畑で調達して持参しなければ、治療の効果が上がらないというチャングムの言葉に、倭寇は総出で畑に向かう。
畑で大黄を掘る倭寇たちに、ミン・ジョンホに率いられた兵士が襲いかかる。チャングムの機転により、倭寇は一網打尽になってしまったのである。
事態が収拾したのを見計らったように姿を見せる牧使。その態度に不快な表情を浮かべるミン・ジョンホ。
トックの針小棒大な自慢話を通じて、チャングムが一つの試練を乗り越えたことを知ったミン・ジョンホ。「これで、また一歩踏み出しましたね。実は、チャングムさんが鍼を打てたと聞いて、自分の心の中にあった願いに気が付きました。できるならば、あなたがこのまま鍼を持つことができずに、ずっと済州島に残って欲しいと。一歩、一歩、前へと踏み出すたび、あなたの人生がどんどん辛くなるような気がする。いっそ、ここでこうして・・・呆れました?苦しむ姿を見ていて、ついついそんなことを願ってしまったんです。すみません。困難な道だと知っても、進んで行く人だから、私は何もしてあげられないのが辛い」
「いいえ、いつも見守っていて下さいます。私の才能を才能として、志を志として、女としての私を私として、人間としての私を私として、全て受け容れて下さっています。女官だった頃には、女官であることが人間であることより先でした。そして今は、奴婢であることが人間であることより先です。でも、チョンホ様は私がどんな立場にいようと、ありのままを見て下さいます。だから、とても幸せです。心から申し訳なく、心から幸せだと思います」
そっとチャングムの手を取るミン・ジョンホ。・・・チャングムもこの間のように手を振りほどいて立ち去ったりはしない。
二人の運命は少しずつ、しかししっかりとに糾われつつあった。
トックはチャングムから船酔い止めの鍼を売ってもらい、漢陽への帰路につく。ミン・ジョンホも事件の報告のため、同じ船で島を出る。今度は妻も連れて来るというトックだったが、見送るチャングムの表情には寂しさが溢れていた。
チャンドクはチャングムに、蠱毒(こどく)をを使った治療法を教え始める。それはこれまで彼女が誰にも教えようとしなかった技術だった。だが、チャンドクの説明も終わらぬうちに、チャングムに官衙からの呼び出しがかかる。
倭寇の首領を治療したことが罪に問われ、罪人として義禁府に押送するという判官。果たしてチャングムを待ち受ける運命は・・・。

第32話 「無罪放免」

海賊のかしらに施療したことから、謀反の罪に問われ義禁府(ウィグムブ)に連行されたチャングム。チェジュドの長ハン・ドンイクは宮廷に、奴婢が海賊と通じていたため敢えて後退し、隙を見て反撃したと報告。チャングムは裏切り者として取調べを受ける。同行していたチョンホが報告書の虚偽を暴くも、ハン・ドンイクはオ・ギョモの後ろ盾を得ており、チャングムが敵の大将を治療した事実は否めない。真相は宮中にひそかに広まり、医女たちは「チェジュドの女」の行為に関心を持つ。医女としてどう行動すべきか、考えあぐねる医女たちは、皇后にその話をする。ピョンアンドで女真族撃退の手柄を立てた長官キム・チソンが、宮中に取り立てられることに。キム・チソンはチョンホを高く評価している人物で、今回の栄転にともない、チョンホも宮中へ戻るよう要請する。一方、宮中の医局に戻ったウンベク。「チェジュドの女」の話を聞き、チャングムをたずねてくる。実は数日後に医女試験が控えていたのだ。医女試験は不定期のため、これを逃すと次はいつになるかわからない。チャングムには絶好のチャンスだったが……。

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島民を救うために倭寇を治療したことが利敵行為と見なされ、チャングムは捕えられてしまう。
牧使ハン・ドンイクは、自分が倭寇の侵入を許した上に敵前逃亡していたことを隠蔽したばかりか、医女の手引きで上陸した倭寇を撃退したという偽りの報告書を提出していた。ハン・ドンイクの手柄は、オ・ギョモにとっても好都合だった。女真族撃退の功績により中央官に取り立てられた政敵キム・チソンを牽制するために、国防上の功績を立てた人間が必要だったのだ。
ハン・ドンイクの手柄を演出するために罪を着せられることになったチャングムは、義禁府で取り調べを受ける。だが、ミン・ジョンホが彼女からもらった倭寇の様子を伝える手紙を証拠として提出し、取り調べは一旦中止された。
ミン・ジョンホの証言によりハン・ドンイクの嘘が明らかになるが、オ・ギョモはあくまでも敵を治療したことを問題とし、チャングムを厳罰に処すべきであると主張して譲らない。民間の内通者を厳しく罰することは、王の意向でもあるのだ。

この事件は思わぬところに波紋を広げつつあった。内医院の医女たちである。人質を取られて敵に治療を迫られても治療を施してはならないのか。彼女たちにとってそれは他人事ではなかった。そしてそれは医女の按摩を受けながら「済州島の医女」の話を聞いた中殿を通じて、王の知るところとなる。

民を守ろうとした自分の意図が枉げられていることを知った王は激怒する。「これはどういうことか!済州島の長ともあろう者が、自らの過ちを奴婢に押しつけるとは何事か!済州牧使ハン・ドンイクを罷免し、ミン・ジョンホに協力したその女に、恩賞を与えよ。内通者を厳しく罰するようにと命令したのは、それによって他の多くの民が苦しめられているからである。民を救うためにそう命令したのだ。だがその者は民を救わんがために治療したというではないか。民のためにしたことのどこが内通なのだ。事の本質を見失ってはならん!」
無事放免されたチャングムを、ミン・ジョンホとパク・グマンが迎える。

そしてそこにはもう一人彼女を迎えに来ていた人物がいた。チョン・ウンベクである。彼はチャンドクの処方した薬と紅参によって病を克服し、内医院に復帰していたのである。チャングムが和冦の腸癰を治療したことを彼女の努力の結果として賞賛するウンベク。

だが、彼はチャングムの医女としての成長を知ったことで、深い苦悩を抱えることになった。間もなく実施される医女試験のことをチャングムに教えるべきか否か。まだ医術を復讐を遂げるための道具として考えているのなら、医女試験に合格する可能性すら与えるべきではない。とはいえ、医女試験は欠員補充のために不定期に実施されるもので、今回を逃せば次の機会はいつ巡ってくるかわからない・・・。
一方、ミン・ジョンホもチャングムを巡る苦悩のただ中にあった。平安道から中央に復帰してくるキム・チソンはミン・ジョンホの尊敬する人物であり、内禁衛将に彼を推薦した恩人でもあった。そのキム・チソンがミン・ジョンホを補佐役に望んでいるというのである。キム・チソンの希望には添いたいが、チャングムを残して済州島を去ることもできない。彼もまた結論を出せずにいた。
義禁府を出たチャングムは、パク・グマンとともにミン・ジョンホの私邸に宿泊することになっていた。クマンがミン家の使用人たちと一緒に漢陽見物に出かけた後、一人所在なさげなチャングムに帰宅したミン・ジョンホが声をかける。
「ソ内人も久しぶりの漢陽でしょう。宮中のお友だちに会わなくてよいのですか?」
「今は会えません。堂々と宮中に戻り、それから会います。それがハン尚宮様のご遺志です」
その夜、チャングムを訪ねてチョン・ウンベクがミン邸を訪れる。彼は今一度チャングムの意志を確認したかったのだ。復讐心を抱いたまま医術の道を進むのか、問い質すウンベク。だがチャングムの気持ちは変っていなかった。彼は「まだ目が覚めないのか」と言い残して去る。
帰り際、チョン・ウンベクはミン・ジョンホに何とか彼女を翻意させて欲しいと頼む。しかしミン・ジョンホは同意しようとしない。たとえ宮中が人の心を変えてしまう場所であっても、彼女はそれに流されるような人間ではないし、変るとしてもそれは彼女が決めることだと言い切るミン・ジョンホ。そして、チョン・ウンベクは医女試験のことをチャングムには伝えまいと決意するのだった。
ウンベクが辞去した後、ミン・ジョンホは昼間の内禁衛長との会話を思い出していた。チャングムとともに済州島に留まるか。都に戻りキム・チソンの元で働くか。一度は官職を捨てた身であったが、キム・チソンの復帰と内禁衛長の慫慂、何よりもキム・チソン自身がミン・ジョンホの復帰を望んでいるという事実は重かった。
同じ頃チャングムは、ミン邸の庭に立ち、遠い夜空を見つめて涙ぐんでいた。
その翌日、トック夫妻がミン邸を訪れる。漢陽にいるというのに、実家に来ないのかとにトックの妻は不満たらたらだ。そんなことはお構いなしに、チャングムの料理を夢中で食べるパク・クマン。
チャングムは料理のお裾分けをミン・ジョンホに届けようとして、彼が執事と話しているのを目にする。ミン・ジョンホの父は、息子の行動を認めてくれてはいたが、内心では息子が都に留まることを望んでいた。その憔悴した様子を見るに見かねた執事が、必死にチョンホを思い止まらせようとしていたのだ。
済州島への出発前夜、凍てついた池水を見つめて月下に佇むミン・ジョンホ見つけたチャングムは、彼に漢陽に残ってくれるよう頼む。
今は亡きハン尚宮がいつも自分の側にいるように、ミン・ジョンホが宮中にあろうと済州島にあろうと、側にいてくれることに変わりはない。自分も必ず宮中に戻るから、それまで正しい事を成すための力を蓄えて欲しい。それがチャングムの願いだった。 そして翌朝、ミン・ジョンホに見送られてチャングムはパク・クマンと共に再び済州島へと向かうのだった。
その道中、ハン尚宮が埋められた場所にさしかかると、チャングムはちゃんとした墓は作れないまでも、せめて盛り土だけでもしてあげたいと言い出す。船の出る時間を気にするクマンは気乗りのしない様子だったが、折良くチャングムに渡すものがあると追いかけて来たカン・ドックに押し切られてしまう。近くの民家で道具を借り、二人は作業に取りかかる。
盛り土が間もなく終わろうかという頃、どこからともなく現れた両班の子息らしい少年がその場所に墓を作ってはならないと3人に告げる。まだ幼さの残るその少年は、この土地は風水が悪く、墓を作るのに向いていないというのだ。そして、風や水の音を聞き、そこに埋められたのが悔いを残して死んだ女であることを言い当てた少年は、遺体を他の場所に移すよう伝えて立ち去ってしまうのだった。
一方、チャングムはチャングムで、少年の顔色から彼が病に苦しんでいることを見抜いていた。彼女は急いで少年を追いかけ、自分に治療をさせて欲しいと願い出る。かつてチャンドクが少年と同じ病を治療するのを見ていたチャングムには、少年を治す自信があったのだ。
事情を聞くと、少年は幼い頃から体が弱く満足に食事を摂ることもできなかったらしい。何人もの医者に治療してもらったのだが、誰として病気の真因をつかむことができないまま、余計に体が弱ってしまったのだと言う。
少年の父親は医者への不信感を募らせており、まして医女などには任せられないと渋るが、少年の説得もあり、チャングムは少年の治療を行うことになった。無論、失敗すればただでは済まない。
緊張した面持ちで少年のための薬を作り始めるチャングム。だが、その薬は牛肉と牛骨だけを使ったものだった。カン・ドックとパク・グマンはそのことを不審に思いながらも彼女を手伝う。
そして出来上がった薬を飲んだ少年は、吐き気を催して苦しみ始める。少年の父親は怒ってチャングムを追い出そうとする。だがチャングムは引かない。「治療を受けると仰ったのは若様です。若様がもう止めると仰るのなら止めます。病と闘うのは私でもお父上でもありません!」「父上・・・我慢します。我慢して病が治るなら耐えてみます。この者は私を治してくれる者です」
少年は苦しみながらもチャングムが作った薬を飲み続け、遂に普通に食事が摂れる状態にまで回復する。彼の病気は食瘧であった。過去に少年を治療した医者たちの診断は間違っていなかったのだが、体内に溜まった痰や凝血を放置していたため、治療効果が上がらなかったのだ。チャングムは牛肉と牛骨から作った液を使ってそれらを吐き出させた上で薬を与えたのである。
喜ぶ少年と父親。だが、チャングムには何故少年が彼女が自分を治療してくれるという確信を持っていたのかが不思議だった。それを尋ねると、少年は「あの場所で待っていれば恩人が現れると知っていた」と答える。彼は10歳で四書三経を修め、周易を読破して、人並み外れた観察眼を身につけた天才少年だったのである。
少年と父親は治療の礼にと、ハン尚宮の墓を作るのに適した土地を提供してくれるという。それはチャングムにとって何よりも嬉しい報酬であった。だが、少年の父親の言葉を聞いてチャングムは顔色を変える。「済州島の医女の見習いとな?では都で行われる医女試験を受けに行くところだったのか?」
済州島行きを急遽変更して漢陽に戻るチャングム一行。別れ際、少年はチャングムに一つの助言を与える。「周易を学ぶといい。お前は多くの人を助ける相をしているから」
医女試験が実施されると知ることができたのは、ハン尚宮の導きだったのかも知れない。チャングムは亡き師への感謝を胸に、かつて悲しみに暮れて歩んだ道を歩んで行く。あの時とは逆の方向に。今はもう一人ではない。
締め切り時間間際にどうにか王宮にたどり着いた一向。会場の門は既に閉じられていたが、トックとクマンは無理矢理門を開けさせる。
試験場に入ると、そこには試験官としてチョン・ウンベクが座っていた。試験は三人一組で三人の医官からの口頭試問を受け、上中下三段階の評価を受けるるというものだった。一つでも「下」をつけられたら不合格となる。試問に淀みなく答え、着々と良い成績を重ねて行くチャングムだったが、ウンベクからの試問が彼女を凍り付かせる。
「お前に、仇がいる。不治の病で診察に来た。仇を助けてやるか、見捨てるか」他の受験者は「助ける」と答えるが、チャングムだけはそう答えることができない。「私はどうするかまだ心を決めかねます」・・・ウンベクの評価は「下」だった。
もうチャングムの不合格は確定したようなものだ。再びトックの家に戻ったものの、チャングムは一人部屋に籠ってしまう。
だが、翌日合格者発表を見に行くと、チャングムの名前が記されているではないか。驚くチャングム。そしてわがことのように喜ぶトックとクマン。チョン・ウンベクは評価を変更し、チャングムを合格としてくれたのだ。
チャングムは合格者への訓辞が終わるやウンベクを呼び止めて礼を述べる。「わしはまだ、お前を認めてはいない。お前が決めかねていると言ったから、わしも決定を保留にしただけだ。医女修練の間、よく考えてみなさい」
その日はミン・ジョンホを招いてトックの家でささやかな祝宴が催された。チャングムの合格、ミン・ジョンホの昇進。喜ばしいことばかりのはずだったが、一人パク・クマンだけは浮かない表情だ。彼は一人で漢陽を離れ済州島に戻るのが嫌なのだという。それを聞いたミン・ジョンホはパク・クマンが漢陽に残れるよう手配することを約束するのだった。
祝宴の後、二人きりで散歩しながら語り合うチャングムとミン・ジョンホ。「本当に良かった。チャングムさんが諦めなかったからこそです。「まだこれからが大変です。宮中に入るためには、修練医女にならなくては。そのためにはみんなの中で三番以内にならないと駄目なのです」「きっとなれますよ」
「三番以内に入るために医術を学ぶ・・・そういう考え方をウンベク様はあんなにお怒りになったのです。ハン尚宮様もお怒りになっていると思います。ですが、しばらくは考えないことにします」
「そうですね。ソ内人なら、きっと両立の途を見つけ出せるでしょう」
翌日、いよいよ医女としての修練が始まる。指導を担当する医官、シン・イクピルの言葉は厳しい。
「お前たちが今まで得た知識は全てゴミだ!」
だがチャングムは正面を向いて笑みを浮かべていた。厳しくとも前に進む道。それが常に彼女の選ぶ道だ。


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