53〜54(完)


第53話 「ふたつの愛」
チャングムの、チョンホへの気持ちを確認した中宗。翌朝、中宗はチョンホに、自分のチャングムへの思いを告白。あるものを賭け、チョンホと弓の競争をする。一方皇后は、中宗の意思を確認し、チャングムを側室にする準備を始める。チョンホは中宗に拝謁し、中宗の臣下としての自分のあり方とチャングムへの思いを直訴。チョンホの言葉をうけ、中宗も自分なりのチャングムへの愛し方を考え、王命を下す。それは君主としての命令であり、一人の男性としての願いでもあった
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チャングムはミン・ジョンホを愛していることを王に伝えた。それは事実上、後宮には入りたくないという意志表示でもあった。後宮に入れば、医術の道は諦めなければならない。自らの怒りと情熱、そして母とハン尚宮の遺志を、チャングムは医術を極めることに注いで来た。医術はチャングムの人生そのものであり、医術を捨てるということは、彼女の人生を全て否定するに等しかったのだ

王は何も語らず、ただ明日もいつも通りに庭園に来るようにとチャングムに告げる。
チャングムはミン・ジョンホに事の一部始終を話し、彼の立場が悪くなることも考えずに答えてしまったことを涙ながらに詫びる。だが、ミン・ジョンホは王の前で自分を認めてくれて却って嬉しいとチャングムを慰め、そっと涙を拭いてやる。
だが、部屋の外ではミン・ジョンホに会おうとしていた王が、二人のやり取りを全て聞いてしまっていた。長番内侍の咳払いに気づき、慌てて戸外に出る二人。王は、二人を朝の散歩に同行させるよう長番内侍に伝えると、何も語らず立ち去ってしまう。
翌朝。王は散歩をしながらチャングムに、二人がお互いを知ることになったきっかけを尋ねる。チャングムが父の形見のノリゲが二人を結びつけたことを説明すると、王はそのノリゲを見せて欲しいと頼む。だが、ノリゲは今ミン・ジョンホが持っている。王は二人の関係の深さを否が応でも悟らざるを得なかった。
王は突然弓を引きたいと言い出す。それも一人ではつまらないから、ミン・ジョンホと何かを賭けて競おうというのだ。王が賭けるものは国内に二つとないと言われる名弓。それに匹敵するものは何も持っていないというミン・ジョンホに、王はチャングムから貰ったノリゲを賭けるよう命じる。
若い頃、狩や武術を好んでいた王と、内禁衛の従事官に任ぜられる程武術に長けたミン・ジョンホ。二人の腕は互角で、予め定めた5本の矢のうち4本まで射ても勝負はつかない。

だが、緊迫した雰囲気の中、5本目の矢を射ようとした 王は引き絞った弓を下ろしてしまう。そして、ふと何か考え込むような表情を見せる。再び引き絞った弓から放たれた王の矢は、的を大きく外れる。

 

これでミン・ジョンホが5本目の矢を的中させれば、勝負は決する。緊張した面持ちで弓を引くミン・ジョンホに王が声をかける。
「余は医女チャングムを好いておる。そちもか?」一瞬戸惑いを見せるミン・ジョンホだったが、その矢は見事に的の中心を射抜く。
弓を下げ、王に向き直ったミン・ジョンホはただ一言「はい」と答える。その返事を聞いた王は突然ミン・ジョンホに矢を向け、弓を引き絞る。ミン・ジョンホは一瞬驚くものの、そのまま頭を垂れ静かに目を閉じる。
だが、その矢は虚空に放たれ、王は黙って弓をミン・ジョンホに差し出すのだった。その弓を受け取ることのできないミン・ジョンホ。王はそのまま弓を地面に放り出し、その場を立ち去ってしまう。・・・王はミン・ジョンホのチャングムに対する想いの強さを試したのかも知れなかった。
大妃はチャングムを後宮に入れる処理が進まぬことに苛立ち、中殿を呼び出す。中殿は、王はチャングムの才能を愛しているだけで、チャングムを後宮に入れることは本意ではないと大妃を説得するのだが、大妃は王の本当の気持ちを見抜いていた。ただ医員として働かせたいなら、常に側に置く必要はない。女として愛しているからこそ側に置きたがるのだという大妃の言葉には説得力があった
そういう事情を知らないヨンセンは、自分が王にチャングムとミン・ジョンホのことを話したからもう大丈夫だと上機嫌だ。ミン尚宮とチャンイも、ミン・ジョンホとのことを尋ねてははしゃいでいる。彼女たちの問いかけに答えてはいるものの、どこか上の空のチャングム。
とうとう耐えきれなくなったのか、チャングムは泣き出してしまう。ヨンセンたちはチャングムの置かれた立場をようやく知ることになった。

 

大妃から早急にチャングムの後宮入りを進めるように言われていた中殿は、王に相談する。王が後宮にしたくないと言ってくれれば、大妃のことは何とかするという中殿。だが、王は俯いたまま何も語ろうとしない。中殿は半ば愕然とした表情で、チャングムを後宮に入れる命令を下すことを伝える。後宮にするかどうかを決めるのは王だが、後宮を含め、宮中で位を与えられた女性を統轄するのは中殿なので、実際の命令は中殿から下される。
その夜、ミン・ジョンホが王に面会を求めて大殿にやって来る。ミン・ジョンホは、かつてチャングムと共に逃げようとした時のことを告白する。一旦は全てを捨てて彼女と生きて行こうと考えた。だが、彼女を全てを愛するミン・ジョンホには、医術の道を捨てさせることができなかった。チャングムは王の主治医官になるべきであり、それを後押しするのが臣下としての務めでもあると考え直し、その日のうちに戻って来たのだという。そして、それが自分の愛し方であると、ミン・ジョンホは王を目の前にして堂々と言い切る。全ての罪を自分が負う代わりに、チャングムを主治医官にして欲しいと頼むミン・ジョンホ。もとより、王と臣下が同じ女を争うことなど有り得ないのだ。ミン・ジョンホにできることはもうそれしかなかった。

 

執務室に戻ったミン・ジョンホを、チャングムが待っていた。「殿下に何のお話をなさったのですか?教えて下さい、何をお話になったのですか?・・・10年先、20年先、100年先も私の側にいて下さるって、お忘れですか?忘れないで下さい」ミン・ジョンホは思わずチャングムを強く抱きしめていた。
ミン・ジョンホと入れ替わりに、王の元にヨンセンがやって来る。王の前に座すや否や、目に涙を浮かべて「私を殺して下さい」というヨンセン。チャングムとミン・ジョンホが愛し合っているという話は自分の勘違いだった、どうかチャングムを助けて欲しいと訴えるヨンセンに、王は静かに問う。「淑媛。余を愛しておるか?愛とは何であろう?愛とは・・・愛し方とは如何なるもの・・・」そう言って寂しげに笑う王の姿を、ヨンセンはただ茫然と見つめることしかできなかった。「殺して下さい」という表現は目上の相手に許しを乞う際、割合頻繁に使われる。いわば決まり文句のようなものだ。
雨のそぼ降る夜の庭園を一人歩く王。ミン・ジョンホは身を以て自分の愛し方を示そうとしていた。自分はチャングムをどう愛そうとしていたのか。
翌朝、中殿がチャングムへの詔勅を出す直前になって、その詔勅を取り下げよとの王命が下る。
王は大殿の一室で、チャングムに自分の気持ちを語る。王位に着くや、最初の妻である慎氏を廃位した王は、恋愛感情を抱くことを諦めて生きてきていた。その後迎えた后や側室たちはそれぞれの勢力を代表する存在であり、純然たる愛情の対象では有り得なかった。ただ一人チャングムだけが、王の凍てついた恋慕の情を呼び起こす存在だったのだ。だが、王はチャングムを権力争いの中に連れ込むことは望んでいなかった。それ故、後宮とはしなかったのだ。「だが、余の側にいてくれ。そちが余の心の支え故、手放してはやれぬ。これが余の、余なりの愛し方である。君主としての命令であり、男としての願いである」
王は遂に王権による命令を出す。この命令には誰も反対することができず、大臣たちも従う他はない。チャングムに正三品堂上官に相当する「大長今(テジャングム)」の称号を与え、王の主治医官とする。それが王の決定だった。だが「大長今」経国大典に定められた官職ではない。また、内医院の統轄は行わず、世襲も認められないという制限も加えられていた。それは大臣たちの反対も考慮してのことであった。
チャングムにミン・ジョンホの手から教旨が手渡される。この瞬間、朝鮮王朝に史上初の女性主治医官、大長今が誕生したのである。
だが、チャングムが大長今となったことの代償は大きかった。大臣たちは怒りの矛先をミン・ジョンホに向け、彼の配流を強硬に要求した。しかも、ただ配流にするのではなく、王と次代の王が死ぬまで復権させぬというのである。王もこれ以上の無理を通すことはできず、大臣たちの要求を呑まざるを得なかった。
縄を打たれて王宮を去るミン・ジョンホ。彼はチャングムが過去の軛から逃れ、自由に自分の道を追求できる人生を与えるために、自分の人生を差し出したのだ。
ヨンセンたちと話していてミン・ジョンホ配流の報せを聞いたチャングムは、慌てて彼を探す。

王宮の一角で、シンビたちが話し込んでいる。 「これからチャングムをなんて呼べばいいの?大長今令監かしら?」と問うウンビに、チョドンが訳知り顔に答える。「正三品堂上官なら令監と呼ばないといけませんけど、何だか変ですよね」

チョボクは「大長今でいいんじゃないの?」と早々に割りきってしまおうとする。そこにやって来たチャングムは、ミン・ジョンホを見ていないか尋ね、誰も見ていないと知るとまた何処かに駈けて行ってしまう。

内医院ではシン・イクピルとチョ・ウンベクが、が自分たちは勿論、医女たちにもチャングムなどと呼び捨てにしないよう指導しようと話し合っていた。チョ・チボクだけはこれまでのように気楽に呼びかける訳に行かなくなったことに不満げである。ミン・ジョンホの姿を求めて入室したチャングムであったが、もとより見つかるはずはない。

ミン・ジョンホはノリゲをトック夫婦に預け、配流先である三水(サムス)へと向かった後だった。

 

山道を駈け、チャングムはやっとミン・ジョンホを押送する軍官たちに追いつく。かつてミョンイとチョンスが歩いた道を、逆向きに走って行くチャングム。
やっとミン・ジョンホを押送する一行に追いついたチャングムに、ミン・ジョンホは言う。「お戻りを。私は追放された身です。殿下の臣下たる者が追ってきてはなりません。私が殿下の命令をお受けするように言った意味を忘れたのですか?辛い思いをしながらお受けした命令であることを忘れたのですか?絶対に投げ出したりしてはなりません。これまでよりも更に精進しなければならない地位です。これまでよりずっと、辛く厳しい地位です。私的な感情は忘れなさい。何もかも全てきれいに忘れた方がいい」「ナウリは忘れられるのですか?」「ええ。とっくに忘れました」「私にはできません!」チャングムはせめてこれだけでも持って行って欲しいと、ノリゲをミン・ジョンホに手渡す。
チャングムは悲しい想いを振り払うかのように、医術に邁進する日々を過ごす。王から茶斎軒を与えられ、その探求心の赴くままに医術を高めることに没頭するチャングム。
だが、チャングムを白い目で見る者も決して少なくはない。書庫を管理する、チャングムよりもずっと下位の官員たちでさえ書物を探すチャングムに対してあからさまに嫌味な態度を取る。「人が身分を問うのであって、書物は身分を問いません」ミン・ジョンホの言葉が甦る。
一方、王は加齢とともに以前から弱かった腸の病気を頻繁に患うようになり、更なる悪化も懸念される状態になっていた。
そんな中、チャングムは鍼を使って生き物に麻酔をかける方法を見つける。この技術があれば、怪我をした患者に痛みを与えず治療することができる。

 

王はチャングムが心配した通り、とうとう腸閉塞を起こしてしまう。
イ・グァンヒはチャングムを責め立てる。王が腸閉塞になった責任を取らせる形で、彼女を宮中から追おうとしていたのだ。
シン・イクピルとチョン・ウンベクもチャングムに協力するが、老衰による気力の衰えが著しく、投薬の効果は出ない。・・・だが、チャングムは一つだけ王を治療する方法を考えていた。
薬房に戻り、鍼を用意するチャングムを、チャンドクが押しとどめる。チャングムは王に麻酔をかけ、外科手術を行おうとしていたのである。動物では成功していたものの、人間には試したことのない方法であり、まかり間違えば王を殺すことにもなりかねない。
王の病状は更に悪化し、湯薬も満足に飲むことができない。見るに見かねたチャングムは、とうとう王に言う。「殿下。私を最後に、もう一度信じていただけませんか?もう一度だけで結構ですから、もう一度信じていただけないでしょうか」
・・・
大長今となったチャングムは、王の命を救うことができるのだろうか。

第54話 「我が道」

大長今(テジャングム)の称号を与えられ、王の主治医としての日々を送るチャングム。しかし加齢とともに中宗の身体を病魔がむしばむ。チャングムは、唯一の治療法として腸閉塞を起こした部分を切除することを提案。しかし刃物で人体を切るという初めて聞く治療法に周囲の反対はすさまじく、チャングムを支持している内医院(ネイウォン)でさえその無謀さを問う。大臣たちはこぞってチャングムを王の主治医の座から下ろし、厳罰に処すよう、中宗に直訴する。そもそも王の主治医とは、王の崩御とともに「王を守りきれなかった」罪により死罪となることが常だったのだ。間もなく訪れるであろう死期を悟った中宗。チャングムを守るため、内侍府(ネシブ)の長官にある密令を下す……。

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外科手術によって王の腸閉塞を治療するというチャングムの案に、シン・イクピルとチョン・ウンベクも難色を示す。腸の癒着した部分を切除すれば腸閉塞は治療できるかも知れないが、それ以前に開腹手術の激痛に人間が耐えられるはずがない。
チャングムは二人を茶斎軒に連れて行き、彼女が鍼麻酔を使った手術で助けた兎を見せる。だが、獣と人は異なる。やはり人が開腹手術の痛みに耐えられるとは思えないと言うチョン・ウンベク。
なおも疑念を捨てきれない二人に、チャングムは、鍼を使って生きた魚を麻痺させて見せる。彼女はある漁村で、倭人がこの方法で魚を麻痺させて鮮度を保つのを見て、人間に応用できないかと考えたのだった。シン・イクピルとチョン・ウンベクは言葉を失ってただ驚くばかりだった。
痛みを無くすことが技術的に可能だとしても、そのことと王の玉体に刃物を入れることとは別だ。チャングムが王の腹を切り開こうとしていると知り、中殿は激怒する。元々チャングムに良い感情を抱いていない大臣たちは、開腹手術を申し出たということだけで罪を問うに違いない。「他の方法をお探し。そちならできるはずだ。そちなら・・・」中殿は王よりもチャングムの身を案じて反対していたのだ。
中殿が予想した通り、イ・グァンヒを始めとする大臣たちはチャングムを王の健康を損ねた上に玉体を傷つけようとした罪人として処分すべきだと、病床の王に訴える。
だが、王は大臣たちに答えて言う。「余の病は女医が知っている。大長今がこれまでだと言うならこれまでであろうし、助かると言うのなら助かるであろう。よって、そちたちは案じずとも良い。皆、下がるがよい」
丁度王の薬を運んできていたチャングムは、自分に絶大な信頼を寄せてくれている王の言葉に思わず涙ぐむ。
だが、立ち尽くすチャングムに大殿から出てきたイ・グァンヒは怒りの色を露わにし、「お前だけは未来永劫絶対に許さん」と言い捨てて去るのだった。
王は弱り切った体を起こし、笑顔を浮かべてチャングムを迎える。「そちの薬を飲んだら大分楽になったようだ」俯いて目に涙を湛えたチャングムに気づき、王は尋ねる。「・・・どうしたのだ?」
「殿下。今まで私の微力な医術を信じて下さり、私には身に余る光栄でございます。お願いでございます。私はどんなことをしてでも、殿下をお助けしたいのです。もう一度、もう一度だけ私を信じては下さいませんか?」

 「もう一月余り、外へ出ていないな。庭の花は咲いたか?そちと歩いた庭を、また歩きたい」「殿下、必ずまた・・・」「いや、それは無理だ。どう足掻いても無理だ。そちの医術をもってしても、死人を生き返らせることはできぬ。たとえ王でも、歳月に勝つことはできぬのだ。

・・・長い道のりであった」

「殿下、病は医者が治すものではなく・・・」「病人が治すものだな。そちから何百回と聞かされた言葉だ。それを思い出して余も寝る前に一人で体操をしたことがあった。感心であろう?なかなか良い患者であろう?」「殿下・・・」「怖れも、寂しさも、悲しみも、多い年月であった。だがそちが側にいたから多くに耐えられた。そちは余の優れた主治医官であり、愛しいおなごでもあった」
「殿下、私も同じです。怖れや寂しさ、悲しみも、殿下のおかげで耐えることができました。主治医官として、また女として。殿下、お願い申し上げます。どうか・・どうか私の治療をお受け下さいませ」だが、王はもう何も語らなかった。
チャングムは王のための薬を処方し続ける。だが、王の体の状態に合わせて処方を変えてみても、もはや何の効果ももたらさないことは明らかだった。
大臣たちがチャングムを処断しようとしていることを知ったヨンセンとミン尚宮も薬房に駆けつける。「その方法しかないのですか?」心配げにチャングムに問うヨンセンとミン尚宮。チャングムは何も答えない。
チャングムが去った後も王は横になろうとしない。少し休むように勧める長番内侍に王は静かに語りかける。「チャングムの言う通りにすれば、まだ生きられるのだろうな」「はい、殿下。しかし・・・」「大臣たちは蜂の巣をつついたが如く反対するであろう。それにまた、儒生たちは読み切れぬほどの上疏文を送りつけて来るであろう」「殿下、お休みになられませんと・・・」「会ったばかりなのに、もうまたチャングムに会いたい」「殿下、呼んで参りましょうか」
その時、チャングムが再び大殿にやって来る。喜びの色を露わにする王。
そして王のその笑顔を見て微笑む長番内侍。
「殿下、起きていらしてはいけません」苦笑いして言われた通り横になる王に、チャングムは灸の用意をする。その姿をじっと見つめる王。その指先を、唇を、ふとした仕草を、チャングムの全てを心に焼き付けようとするかのように。
その夜、王の薬を煎じながら居眠りをしていたチャングムを、長番内侍がそっと起こす。「王命である。北の門に行き、そこにいる者の指示に従いなさい」
命じられた通り、北の門にやって来たチャングムを、尚冊を待ち受けていた。何の用か尋ねるチャングムだったが、尚冊は何も答えない。そしてチャングムは物陰に身を潜めていた監察内侍たちに布袋を被せられ、何処かへ連れ去られてしまう。
チャングムがやっと戒めを解かれたのは、漢江に浮かぶ船の上だった。殿下の主治医官である自分を拉致するとはどういうことかと問い詰めるチャングムに、内侍たちは何も答えようとしない。そして、無言のまま四人は船上で夜を迎える。

「・・・誰にも気づかれなかったか?」「はい殿下。それより、お休みになられませんと、また医女大長今に叱られますぞ。お休み下さい。」「・・・そうだな」

「・・・戻ると言い張りそうで心配だ」王の頬を一筋の涙が伝う。
チャングムが行方不明になったと知り、イ・グァンヒは更に怒りを募らせる。王の病を治せぬから逃げたのであろうと言うイ・グァンヒ。シン・イクピルとチョン・ウンベクはチャングムはそんな人物ではないと庇うのだが、イ・グァンヒはチャングムを捕えるよう命令を出してしまうのだった。
チャングムは理由も告げられぬまま、人里離れた山中に連れて来られる。案内されるまま、山の斜面を登るチャングムの眼前に、黙々と土を耕す男の姿があった。
それは紛れもなく、ミン・ジョンホだった。ここは彼が配流された三水(サムス)だったのだ。
人の気配に振り向いたミン・ジョンホは 、そこにいるはずのないチャングムの姿を見つける。
・・・
そして、その驚きの表情は微笑みへと変わる。
・・・
思わず駆け寄り、固く抱き合う二人。
尚冊は王からミン・ジョンホへの命令書を預かって来ていた。粗末な家の庭でミン・ジョンホはそれを受け取る。
「余の過ちを背負って去ったミン・ジョンホに、余の最後の命令を下す。医女大長今と共に明国に向かえ」命令書にはそう書かれていた。
「そして医女大長今にこのように伝えよ。」
「病弱であった余を丈夫にしてくれて感謝していると。愛する男を追い出した余を恨みもせず、悲しみを見せまいと耐えてくれたことに、感謝していると」
「また、許せと伝えよ。医女大長今の命を狙う者どもから守ってやれなかったことを」
「これからは広い土地で、誰からも邪魔されず、思う存分医術の腕を振るい、医術を施し、人々を救うがよい」
夜の船着き場で、尚冊はチャングムとミン・ジョンホを連れて船に乗ろうとしていた。だが、船に乗る直前になって、チャングムは明国に行くことはできないと言い出す。「私は殿下の安危を診る主治医官です。殿下はご病気なのです。たとえ亡くなられるとしても、最期を看取らなければなりません」踵を返す彼女に、仕方なくミン・ジョンホと尚冊も同行する。彼女には捕縛命令が出ているのだ。一人で行かせる訳には行かない。
翌朝通りかかった村で、三人は王の崩御を知る。王宮に戻ろうとするチャングムを、尚冊とミン・ジョンホは必死に止めるが、チャングムは一人で漢陽行きの船に乗ろうと船着き場に向かってしまう。それを追うミン・ジョンホ。
尚冊は、チャングムの人相書きを持った軍官が村の中を探し回っているのを見つける。一刻も早く二人を逃がさなければ、王の最後の命令が無駄になってしまう。
「殿下は崩御なさったのです!」「違います!違います!そんなはずありません!」

駆けつけて来た尚冊がチャングムに人相書きを見せる。「大長今様!ご覧なさい!人相書きですぞ!殿下はこうなることを案じられて必ず無事に逃がせと命令なさったのです。早く!ここから逃げるのです。急いで!」

船着き場に着いたばかりの船からも軍官が下りて来る。尚冊は叫ぶ。「元同副承旨ミン・ジョンホ殿!殿下の最後のご命令を遂行されよ!最後のご命令です!お志を無にされるのですか!」
尚冊が人相書きを手に軍官たちと話して時間稼ぎをしている間に、ミン・ジョンホは泣き叫ぶチャングムを無理矢理引きずるようにして船着き場から逃げる。
山あいの道を二人は走って行く。未練を断ち切れぬように時折後ろを振り向くチャングムと、彼女をなだめながら道を急ぐミン・ジョンホ。
春の訪れを感じさせる、柔らかな陽光の降り注ぐ日のことであった。
チャングムがミン・ジョンホとともに漢陽を去ってから8年。とある白丁の村に、一人の革職人の姿があった。
「お父さん」その男に、川で捕まえた魚を入れた壺を自慢げに見せる娘。
「捕れたか?」娘に呼ばれて微笑みを返したその男は、ミン・ジョンホである。
「お母さんは?」背後にいかめしい表情で母親が立っているのに気づかず、その娘はミン・ジョンホに尋ねる。その母親はいうまでもなくチャングムだ。彼女はミン・ジョンホとともに白丁に身をやつし、二人の娘ソホンと三人でひっそりと暮らしていたのである。
「こっちへいらっしゃい」チャングムはソホンを部屋に連れ帰ると、ふくらはぎを何度も叩きながら叱りつける。
川の近くで遊んではいけない、両班の息子と遊んではいけない。それはかつてチャングムが母ミョンイに叱られていた時の光景そのままであった。ただ一つ違っていたのは「勉強をしてはいけない」と言われていたチャングムとは違い、ソホンは「勉強をしろ」と叱られていることだ。
余りのチャングムの怒りように、見るに見かねたミン・ジョンホがソホンを外に連れ出す。チャングムの父、チョンスがそうしていたように。
「困った子だなあ。何故おかあさんの言うことを聞かない?」「私たちがいつも逃げながら暮らすのはお母さんのせいでしょう?だって、病人が出たって聞くと走っていって治してあげるからお役人も両班の人もお母さんのところに来ちゃうんです」「嫌かい?」
「嫌じゃないけど、私には何でも駄目って」「お母さんは心配なんだ。小さい頃口を滑らせて・・・」「自分のお父さんとお母さんを死なせてしまったんでしょう?」
「でも私は絶対に大丈夫。私は口が固いもの」「でも言うことを聞きなさい。お母さんはまだ小さい時に独りぼっちになってしまったんだよ。お前がそうなったらと思うと怖いんだ」
チャングムの怒りも収まり、ソホンは叱られたことなど忘れてしまったように、母親譲りと思しき旺盛な好奇心を発揮し始める。「お魚はずっと目を閉じないのかしら?何故目を開けたままなの?お魚は水の中で眠るんでしょう?なのに、目を閉じないでどうやって水の中で眠っていられるの?」
嵐の過ぎ去った後の穏やかなひとときは、村人の助けを求める声で終わりを告げる。近所の家でお産が始まったのだ。しかも陣痛が始まったのに子供が出てこないという。報せを聞くや、すぐに母の診察道具を用意するソホン。チャングムは娘とともにその家へと向かう。
チャングムとソホンが出て行った後、ミン・ジョンホの元に二人の子供がやって来る。「先生、字を学びたい子です」以前から彼に字を習っていた子が、友達を連れてきたらしい。「ただで教えてもらえるんですか?」「世の中ただのものはないぞ。ついて来い」嬉しそうに二人を家の中に招き入れるミン・ジョンホ。
そして子供たちに本を渡して言う。「この本を全て学ぶんだ。もし全部覚えたらただで教えてあげよう。だが、一字でも間違えたら、牛の皮を剥がすのを手伝うんだ。やるか?」「・・・やってみます」
書堂を作って子供たちに学問を教え、その隣にはチャングムの薬房を作る。白丁の村の中ではあったが、ミン・ジョンホはかつてチャングムに語った夢を実現したのである。
だが、その頃チャングムとソホンが助産のために向かった家では一大事が起こっていた。そのことを父に報せるため、家へと走るソホン。
その途中でソホンは怪しげな老人呼び止められる。「どなたです?」「都の王宮の料理人、カン・ドックとは俺のことさ」チャングムを捜すカン・ドックは、白丁の村に腕のいい医女がいるという噂をたよりにここまでやって来ていたのである。そんなこととは知らないソホンは、白丁の村とは逆の方向を教え、再び家へと急ぐ。
ソホンは家に飛び込むと、村人たちがチャングムを官衙に引き渡すと言い出したことをミン・ジョンホに伝える。帰り道で出会った怪しい男もチャングムを探しているようだったし、事態は一刻を争う状態だ。慌てて手近な荷物をまとめると、ミン・ジョンホはソホンを連れて家を出る。
お産の手伝いに行ったはずのチャングムは、家の外で村人たちと言い争っていた。余りの難産に、チャングムは産婦の腹を切って胎児を取り出そうとしていたのである。日頃チャングムに助けられている村人たちではあったが、彼らには腹を切り開かれて人間が生きていられるとは到底信じられない。チャングムを呼びに来た女は彼女を庇うが、多くの村人にとって、チャングムのやろうとしていることは殺人に他ならなかった。
とうとうチャングムは村人たちに捕えられ、無理矢理官衙へと連行されそうになってしまう。「一大事です!早く来て下さい!一大事です!」大声で叫ぶソホンの声に、産婦に何かあったものと思いこんだ村人たちは、チャングムから手を離し、家の中へと戻る。
物陰に隠れていたミン・ジョンホはその隙を逃さず、チャングムの傍にいた男を殴り倒すと、チャングムとソホンを連れて逃げる。
後を追う村人。そしてその背後からは官衙の軍官数名も追って来る。更にその背後には、チャングムを探すカン・ドックの姿もあった。訳もわからず、軍官と村人の後を追うトック。「みなさん、お訊ねしますが、私、人を捜して・・・」
人々の後について行ったトックは、追われているのがチャングムとミン・ジョンホであったことを知る。
慌ててチャングムたちの後を追うカン・ドックだったが、今や年老いた彼の足で追いつけるものではない。三人を見失った上に道に迷ってしまった彼にできるのは悲嘆の声を上げることだけだった。「人を捜してるんだ!「長」に「今」と書いてチャングムだ!・・・あれ?漢陽はどっちだ?道を探してるんだ!誰かいないか!」
やっと漢陽に帰り着いたカン・ドックは、頭に白いものの目立ち始めた妻と、チャンドク、そしてシンビにそのことを話す。追われる生活をしていることは心配だったが、生きて朝鮮にいるならいつかまた会うこともできる。しかも、チャングムとミン・ジョンホだけでなく、娘も一緒にいたと聞き、ことチャングムのこととなると途端に心配性になってしまうトックを除く三人は安心するのだった。
宮中のヨンセンたちもシンビからその話を聞いて喜ぶ。ヨンセンは先代王の側室であり、本来なら宮中を出て喪に服さなければならない立場だった。だが、先代王の正室である大妃ユン氏は彼女を妹のように思っており、そのまま宮中に残ることを許されていたのだ。「本当に朝鮮にいるのね?」「でも追われているなんて気の毒です」とミン尚宮。「こんな座にいても何もしてあげられない・・・そういえば、この間チャングムの話が出たのだけれど・・・」「昭媛(ソウォン 淑媛の一階級上の位)媽媽、まさか・・・駄目です!絶対に駄目ですよ!大妃媽媽の逆鱗に触れたらどうするんですか!」「そうですよ!最近はとても怖いんですから・・・」
中宗の没後、王位についた仁宗も在位わずか9ヶ月で世を去っていた。わずか11歳で王位についた慶源大君に代わり実権を握ったのは彼の母、ユン氏であった。大妃の垂簾聴政が始まると、イ・グァンヒを含む彼女の敵対勢力は宮中から一掃された。「垂簾聴政」とは、王に代わってその妻や母が政治を行うことを指す。王の背後に御簾を垂らし、その中に座していたことからこう呼ばれる。
ミン尚宮が止めるのも聞かず、ヨンセンは大妃にチャングムとミン・ジョンホの身分を回復してやって欲しいと言い出す。思わず身を固くして大妃の反応を伺うミン尚宮とシンビ。だが、大妃の口から出た言葉は、彼女たちの予想とは全く異なっていた。「チャングムは明国にいるではないか。国内にいるならもちろん今すぐ身分を回復させたい」
それを聞いてミン尚宮とシンビはは思わず声を揃えて答える。「大妃媽媽!国内にいるのです!」
まだ夜も明け遣らぬうちから出かけるチャングムを、ミン・ジョンホが見送っている。「いつも申し訳ありません。稼いで下さったお金を全部薬を買うのに使ってしまって」「チャンドクさんがいつも言ってたことを思い出します」「あら、何ですか」「そんなお世辞はいいから仕事をしなさい!」そして二人は笑い合う。
ソホンが目を覚まさないうちに出かけたつもりのチャングムだったが、ソホンは先回りしてチャングムを待っていた。ソホンを伴ってチャングムが向かった先は、村はずれに一人で住んでいる老婆の家だった。彼女は無償で老婆の病気を治療していたのである。老婆の食事を用意するチャングムを、かいがいしく手伝うソホン。眠っている老婆の枕元に食事を置くと、二人はミン・ジョンホの待つ家へと帰って行く。
「ソホンは大きくなったら何になりたいと思ってるの?」「お母さん!」「お母さん?」「そう。お母さんみたいに綺麗で、料理も上手で、人を助けるお母さんになりたいの」「じゃあお父さんが寂しがるわね」「私は女の子だもの。お父さんにはなれないから仕方ないわ」
向こうから父が血相を変えて走ってくるのを見つけ、ソホンはチャングムの背後に隠れる。ミン・ジョンホはソホンがいなくなったことに気づき、ここまで探しに来ていたのである。
母の後ろから姿を現したソホンを見て、さすがに叱りつけるミン・ジョンホ。「こいつ!黙っていなくなったら駄目だろう!」「だって、言ったら駄目って言うでしょう?」「また屁理屈を!こっちへ来い!」ソホンは逃げ出すが、すぐに捕まってしまう。「お母さんに頼んで言いつけを守るように鍼を打ってもらうぞ」「ごめんなさい、もうしませんから鍼打たないで」
三人が帰ってみると、家が何者かに荒らされている。動揺する彼らの前に現れる軍官の一団。ついに見つかってしまったのか。咄嗟に軍官の一人の足元にしがみつくようにして、自分の両親は悪い人間ではないと涙ながらに訴え始めるソホン。三人の貧しいながらも幸福な生活が終わるかに思われたその時、ミン・ジョンホを呼ぶ者があった。「令監!」ミン・ジョンホが内禁衛にいた頃から彼に付き従って来た副官であった。
軍官たちは、チャングムとミン・ジョンホを捕えに来たのではなかった。迎えに来たのである。命令を勘違いした者が家捜しをしてしまったために家が荒らされていただけだったのだ。三人は用意された輿に乗って、漢陽へと戻る。
久しぶりに正装し、堂々と輿に座るミン・ジョンホ。
豪華な輿に興奮気味のソホンと、ソホンを優しく抱くチャングム。
二人は王宮に戻って来た。彼らの愛の結晶であるソホンとともに。
三人は大妃殿に向かう途中で、センガッシの一団とすれ違う。ソホンにとっては、同年代の子供たちが宮中で生活していることも、その子たちがおかしな髪型をして、色とりどりの服を着ていることも、全てが旺盛な好奇心を刺激するものばかりだった。
チャングムとミン・ジョンホを懐かしい人々が迎える。
その中には、かつてミン・ジョンホを配流した右議政と兵曹判書の姿もあった。久しぶりに見るチャングムとミン・ジョンホの元気そうな姿に、誰もが笑顔を浮かべていた。
そして、大妃も涙を流さんばかりにしてチャングムを迎える。
結果的に中宗を助けることはできなかったものの、そのために力を尽くしたチャングムと、ただ一人中宗の意志を尊重し続けたミン・ジョンホに大妃は感謝の言葉をもって報いる。次代の王が存命の間は復権させないという命令が下されていたが、仁宗(インジョン)が早世したため、地位の回復には何の問題もない。二人は地位を回復される。ミン・ジョンホは罷免前同様、同副承旨として。チャングムは大長今として。もう隠れて暮らさなくても良いのだ。
大妃は、チャングムがかつて慶源大君の命を救ってくれたからこそ今日があるのだと、改めて礼を述べ、大妃を輔弼し、医女の教育を行うようチャングムに命じる。
ミン・ジョンホもまた、右議政と兵曹判書から暖かく迎えられ、再び中央政界に戻り、自分の志を遂げるよう励まされる。
チャングムとソホンを迎えるヨンセン、ミン尚宮、チャンイ・シンビの四人。「もっと早く連絡して下されば良かったのに。余計な苦労をしたでしょう」「やりたいことをやっていましたから、楽しかったです」「追われながら白丁として隠れて暮らすのが楽しいはずはないでしょう」「いいえ、幸せでした」
ソホンを見ていたミン尚宮は相好を崩して言う。「不思議だわ。やることがそっくりです」「どちら様ですか?」「水刺間最高尚宮よ」「お母さんが最高尚宮様は威厳と気品がある方だと仰っていました」「あら、そう?」
「私も水刺間尚宮よ」「尚宮様は、毎日美味しいものばかり召し上がっている尚宮様ですね」ふてくされてみせるチャンイ。
「私は内医女よ」「お母さんは医女にも宮女にもなったんですよ。そうですよね、お母さん」
「本当に賢いわね」「チャングムに似たからよ」「お父様もそうおっしゃいます」「何とおっしゃるの?」「お母様とうり二つだと」
楽しげに笑い合う一同。今のソホンと同じ年頃で宮中に上がった、かつての少女たちがそこにいた。
内医院ではシン・イクピル、チョン・ウンベク、チョ・チボクの三人がチャングムを出 迎える。宮の外で多くの病と向き合い治療して来たチャングムに、医女たちだけでなく、自分たちも指導して欲しいと笑顔で語るシン・イクピル。チャングムは、それに答えてまだ精進すべきことの多い身だと謙遜するのだが、チョ・チボクは真顔で「これ以上精進されてはついて行けなくなります」などと口走ってしまい、一同の失笑を買う。彼も相変わらずのようだ。
全員が内医女の服を着る身になってはいたが、当時と同じ顔ぶれの医女たちがチャングムを迎える。
ウンビは特にチャングムとの再会を喜んでいた。「精進して内医女になったんです。大長今医女様がお読みになった医書も勉強したんですよ」
二人にはどうしても挨拶しなければならない人があと二人いた。カン・ドック夫妻である。自分よりも身分の低い二人に、クンジョル(最も丁寧なお辞儀)で挨拶をしようとするミン・ジョンホ。「ナウリ、何をなさるんですか。やめて下さい」「・・・でも、妻を娘と思っていらっしゃる」「いや、まあそりゃそう思ってますけどねぇ・・・」「でも、身分の低い私たちに・・・」「何を仰るのです。父上、母上」
ミン・ジョンホがそこまで言うことに、二人は胸を打たれる。そして、お互いに礼を交わすのだった。
二人の挨拶が終わってからソホンが室内に入って来る。お互いを見て驚くカン・ドックとソホン。孫と祖父は既に出会っていたのだった。
久しぶりにお互いの見つけた処方を自慢し合い、楽しそうなチャングムとチャンドク。「・・・苦労したでしょ」「医員が苦労など致しません」「それで、宮中に戻るの?」
その夜、庭先で二人は今後のことを話す。「右議政大監に出仕しろと言われました」「どうなさるのです?・・・私も大妃媽媽から宮中に残れと言われました」「どうするのです?」
何もいわず微笑むチャングム。彼女の心はもう決まっていた。
翌日、大妃の元を訪れたチャングムは、宮中に戻れという命令を取り下げてくれるように頼む。大妃は彼女がまた恐ろしい命令を下すと疑っているのではないかと心配するが、チャングムの意図は違っていた。王宮の外で多くの人とふれあい、更に医術を高めてより多くの民を救いたいと考えていたのである。大妃はそれを聞いて残念に思いながらもチャングムの希望を聞き入れる。ただ一つ、自分が必要とする時には必ず戻ってきて欲しいと念を押して。
中殿の誕生祝いの宴を、やや離れた場所から見つめるチャングム。王と中殿、王の母である大妃。そしてその傍らにはヨンセンもいる。
微笑みあう人々の姿を見て、チャングムはゆっくりと王宮に背を向けて歩き出す。かつて母の遺志に従って目指した場所。幼い頃憧れ続けた場所。今、チャングムは「大長今」という称号を必要としない、朝鮮最高の医員としてその場所を去っていく。愛する夫と、娘と共に。
一面に広がる菜の花の中を、三人が歩いて行く。「王宮は私に料理を教えてくれ、医術を教えてくれました。そして書房様に出会いました。ですが、最愛の母を亡くし、ハン尚宮様をも亡くし、私の志も無くしかけました。王宮はそんな所です。多くを与えてくれるけれど、大切なものも奪う所。全て思い通りにできそうで、実は何もできない所です。華やかに見えても、実は全てが悲しい所」「書房(ソバン)」は夫に対する呼称である。官職のない儒生に対する敬称としても使われた。日本語の「旦那」とほぼ同じ使われ方だが、「書房」は教養や徳の高さに敬意を払うことを前提としており、かなり意味合いは異なる。
「では、今行く道は悲しくありませんか?」「はい」「人を亡くさない道ですか?」「はい」「何でもできそうな道ですか?」「はい」
「私もそう思います。ただし、一つ約束して下さい。何をしてもいいが、人の体に刃物を当てるのはいけない。この国ではまだ時期が早すぎる」「何故駄目だと仰るのです?必ず助けることができるのに」「身分も回復し、逃げ回るのは終わったが、また窮地に追い込まれます。約束して下さい」「できません」「して下さい!」「嫌です!」
チャングムはいつの間にかソホンの姿が見えなくなっていることに気づく。慌てて周囲を探す二人。
「お母さん、一大事です!一大事です!早く早く!」
ソホンは二人を海辺の洞窟へと案内する。そこには難産に苦しむ女が横たわっていた。こんな場所で誰の手助けも受けずに出産しているとは、何か事情のある女に違いないが、今はそんなことを言っている場合ではない。チャングムは早速施鍼するが、女はそのまま意識を失ってしまう。妊娠中毒症を起こしているのだ。
「危険です!母子ともに危ない状態です!急がなければ。方法は一つだけです!一刻の猶予も許されません。やらせて下さい!」しばしの逡巡の末に、ゆっくりと頷くミン・ジョンホ。
チャングムは外科手術用に用意していた独特の刃物を取り出す。
この先はチャングムを信じて任せる他ない。ミン・ジョンホはソホンを連れて水を汲みに行く。
未だかつて誰も実行したことのない、人間への帝王切開。緊張した面持ちでチャングムはゆっくりと手術刀を妊婦に当てる。何としてもこの二つの命を助けるのだ。
水を汲んで洞窟に戻るミン・ジョンホとソホン。「お父さん!そんなに急いでは水が全部こぼれます。お母さんがいつも言ってますよ。いくら急いでいても病人のことをないがしろにしてはいけません、って」「ああ、そうだな、・・・行こう!」二人の耳に、かすかに赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。手術は成功したのだ。
洞窟の中ではチャングムが赤ん坊を抱いて微笑んでいた。「見て下さい。できたじゃありませんか。私にはきっとできると言ったでしょう?」それはかつて味覚を失ったチャングムに料理を作らせたハン尚宮が彼女に言った言葉の裏返しだった。
そしてチャングムはミン・ジョンホに問いかける。「なのに、何故駄目なのですか?」
・・・チャングムの時代から今日まで、何度となく繰り返されたであろうその問いに答えた者はいない。
本来は、これが実質的なラストシーンとなる。


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